闇のアルチザン【第一回】

七菜乃
「インソムニア・ボンデージ 不眠の緊縛密議」発売記念インタビュー

話題沸騰の特殊モデル七菜乃が自ら出演を決意した緊縛師・一鬼のことのコラボ緊縛DVD「インソムニア・ボンデージ 不眠の緊縛密議」の経験談と、今までの活動について深き心中を語り尽くす。美術評論家・相馬俊樹が様々な領域で意欲的に活動する表現者を直撃するインタビュー・シリーズ第一弾!

一鬼のことの緊縛コラボDVD出演のこと

相馬/仲田(以降「相」「仲」):よろしくお願いします。

七菜乃(以降「七」):よろしくお願いします。

相:今回ヴァンアソシエイツの作品に出ていただくということなので、まずはそのお話からお願いします。 今回が初めての縛りの撮影ということですか?

七:じゃ、ないですね。

仲:「隷嬢写真館」という水村幻幽さんのボンデージ系の作品がありましたよね。

七:はい。頻繁に縛られてたのはそれで、動画のための緊縛だったんですが、また種類の違うものという感覚でした。縛られるということは一緒だけど、まぁちょっと違うけど同じ部分もあったり…縛る人が違うから違うという部分もあるんですけどね。鬼のこさん自身と関わったのは私の撮影会兼イベントのときですね。その後に鬼のこさんが作品のモデルをやってくれないか、みたいな感じで声かけてくれて。そこからイベントでもショーをって話になってそれをやらせてもらって。今回DVDに参加って感じです。

相:ということは、慣れてるっていうわけではないけど、まぁ経験はあってという感じですね。

七:そうですね。ただ、まぁ慣れてるとは言わないかな…

相:ちょっと特殊なボンデージっていうのは体験されてて、今回は裸になって縛られることになったわけですが、何か特別な感想みたいのってあります?

七:う〜ん、自分ではヌードも着衣も変わらないので、脱いだからっていうのは…全く変わらないので…そこは同じです。

相:普通のヌードの写真を撮るときと、縛られて撮るときと、ご自分でなんか意識してこうやってみようかな…とかありますか?

七:写真はやっぱりヌード…または縛られてるとか縛られてないとかっていう違いはそうでもなくて、その縛られてなくても毎回違うし縛られてても毎回違うだろうから、 縛られてるからこう、ていうのは…身動きとれない…それくらいですかね。今回動画だったんで、それが写真とは違うということで縛りにかかわらず大きかったかな…

相:なるほど。写真のモデルと動画のモデルって具体的には言えないかもしれないけど、どんなところが違ったんでしょうね?

七:なんか写真のほうが言わないけれどもできるみたいな、動画ってちゃんとしたなにかがないとぱっとやってぱっとできないっていうか。こうしたあとにこうしてこうするんだって頭に入れてやらないと出来ないから、なんかそのへん私、脳みそが足りないから、あ、こっち側だっけ、あっち側だっけって、迷ったらそれが出ちゃったりするし、その辺が難しいなって…なんかお芝居しているっていう感覚が強いというか…

相:お芝居がメインだから最初戸惑ってしまう。

七:そう!そうですね。なんか、この撮影の前にも動画の撮影もしてたんですけど、やっぱり今まで写真が多かったから、動画で、はいっこれ!って言われて、え?無理、できない!ってことも一瞬あるんですよ。できないと思ったらできないけど、できると思えばできるという…それが自分的には結構面白かったかも。できないとかわかんないということも面白いと思って楽しめたかなというところはあります。

相:試行錯誤しながら…でも結果としては楽しかった。

七:うん、そうですね。

相:それはよかった(笑)

七:できないって思うことが大人になると段々なくなってきて、その新鮮な気持ちってなくなってくるじゃないですか。特に写真の場合は。まぁそんなこともないけれど撮られることが多いから、まぁある程度は、毎回違うけれど想像はついたりするんですよ。 そうじゃなかったんでその辺がなんか面白かったな。

仲:今回の撮影は、シチュエーションによって苦しんでる表情とか、ある程度指示出した所もあったんですね。でも、基本的には七菜乃さんと鬼のこさんのライブでということで。場面ごとに縄の入り方によって色々な表情になる。一番印象的だったのは目ですね。

相:結構、そういうのは意識して…?

七:いや、意識はしてないんですけど、私はSMとかもそう詳しくないし、わからないからそのままのほうがいいかなって。あんまし色々なことできないしナチュラルなほうがね…そうじゃないと、私でなくてもいいってなっちゃうんで…自然のほうがいいのかな…って思ったのはありました。

SM女優の型にはまりたくなかった

相:鬼のこさんとコラボレーションするということに何か思いというのはありましたか?

七:元々縛り自体っていうものは、日本の縛りってものが歴史があって、なんか凄く細かいし、何とか縛りとかいろいろあって、有名な人たちがいてとか、なんか派閥的なのってあるじゃないですか…そういうのが苦手で…私田舎者だから(笑)、田舎ってそういうのあるんですよね。そういう古いしきたりは素晴らしいのかもしれないんだけど、そういうこれはこうでなきゃいけない!とかそういうのよくわかんないって思ってたからあんまり入れなかったんですね、自分的には。だからボンデージとかはやってたけど、縛りの文化とかはよく知らなかった。鬼のこさん自体は古いものもきちんとやるし、現代的な新しいことにもチャレンジする。見たこともないような縛りとかもやってたから、その辺で興味は出てきたんですよ。だから鬼のこさんと一緒にやったら楽しいかな?ってのはあったんで。動画とかも特に気にしてなかったんで、あぁこういうのもあるんだなって。こういうのをやろうって決めてたところもあったので、じゃあやろうかっていうのはありました。

相:つまり、あなたはがちっとした型みたいのがあるとなんかこう…

七:そう。やりずらい…

相:SM女優ってのはこういうもんだみたいな固定した形に収まるのはちょっと苦手なんですね。

七:そうですね。そういうのが世の中に多すぎる気がするんですよ。縛りとはこういうものだって思ってるからそうやってるだけで実際どうなんだろうみたいに思っちゃうから。なんか偉そうであれなんですけど。

仲:わかります。

七:今回はきっかけをいただいたなっていう気持ちもありますね。

「特殊モデル」と称するわけ

相:特殊モデルとモデルの違いということで、ご自分の中で特に意識しているということはあります?

七:自分が何か聞かれたときにモデルっていうとファッション的な要素が強いじゃないですか。モデルって、見たらそうだってわかるけど、私はそんなことないし、日本人的な見た目で、日本人的な体型をしてますし。裸が好きだからヌードもやってるけど、普段見たことがないこととかに惹かれるところもあるから、普通にモデルっていっちゃうと想像してもらうのと違いすぎて。で、自分でモデルっていうのがすごい恥ずかしいっていうか、そんな大したものじゃないって思っちゃっているので、どうしようかなって思ってるときに知り合いの方が「特殊モデルだね」っておっしゃって、それから特殊モデルって名乗るようになったわけです。

相:要するに、縛りっていう型も嫌だしモデルという型もいやなんですね。

七:そう、そうなんです。簡単に言うと本当そうだと思います。ヌードも世の中にありふれてない。洋服みたいに当たり前になってない。なんでなんだろう?っていうのが自分の中では大きかったように思います。

相:昔のインタビューで、自分のヌード、裸になることが恥ずかしくないというのは自分にとってはヌードは洋服の一つみたいなものだっておっしゃってましたね。あれって、西洋のヌード論の文脈でもよく言われることですね。

七:今初めて知りました。そんな人前で裸になるなんてありえないって思ってるんですよ。裸って精神的な意味ですが。生きているうえでは絶対何かを装ってるじゃないですか

相:肉体は裸だけど、心まで含めると裸じゃないから、つまり心の底からの裸ではないから衣服なんだということですかね?

七:そういうことでもあります。あとはフォルムとしての裸って形が好きだからそういう風にとらえてる。

相:自分がヌードになった時にこのフォルムが気に入っている部分とかってありますか?

七:でも、どうなんだろう。自分的には女体はすべて美しいって思ってるんですよ。ただ、背中とかって自分では普段見れないから客観的に見れるんでそうするといいなと思ったりすることはありますね

相:自分じゃないものを見てる感じですかね。

七:あと骨と皮膚の感じが好きなんで、あんま脂肪のない体が好きだから。骨とか膝とか肩の骨とか、皮膚と骨が体として好きなんでそういったところとか…

相:すべすべした感じ?

七:自分の好みではありますね。美しさって時代とかその時の好みによって変わるじゃないですか。だから自分の好みだけで言うとそうですね。

相:確かに美術史で見ても二種類あって、バロックの時代は豊満な女性の肉の美しさっていうのが強調されたけど、その前のルネッサンスとかマニエリスムの時代はほっそりした肌もすべすべなマネキンみたいなのが好まれてました。人形もお好きと聞いたのでそういう裸体のほうが好みかと。

七:そうですね。

女性のからだの形が好き

相:モデルという話が出たのでお聞きしたいのですが、モデルになろうというきっかけみたいなものはなんでしたか。

七:きっかけはなんだろうなぁ…女体好きだから…体も鍛えたりしてたし、人形も好きだったし、少女とか女の子の絵を見に行くのも好きだったし、ヌード写真とかも見てたんです。でも誰でもヌードにはならないですよね。好きなのになんでなれないのかな?自分は好きで見るのに自分はなれない、いやだーってのが…私は嫌ではないよな、と。だったら自分自身の女体を仕事に…仕事にってほどではないんだけど、その、なんか使えたらなって。そうすれば一石二鳥じゃないですか。そんなのが重なってやるようになりました。

相:もともとヌードとかが好きだったんですね。

七:好きでしたね。

相:例えばヌードでもこんなのが好きとかありますか。

七:最初は別にヌードでなくともどっちでもよかったんです、自分的には。もともとあんまし男の人には興味なくて、女性のほうが興味あって、実在してもいいし、してなくてもいい、普通の人でもいいし、絵でもいいみたいなっていうところで。人形だったら実在しないものを作れちゃうっていう興味があったんですよね。自分には技術がないので作れないので、あれなんですが。ないものを作れてしまうのがすごいなって。絵もそうじゃないですか。

相:基本的に美容にしても絵にしても女性とか女の子はきれいなんだってことが根本にあって、美容の場合は着た女性をきれいにして、絵とか人形は自分がきれいなものを作るわけだけど、とにかく基本は女性が好きだということから始まるんですね。

七:そうですね。でも最近は女性が好きだっていうのをやめていて。なんでかっていうとそれはただのビジュアルでしかなくて、外見だけのことで、中身のことは考えてない。私女性的って言われるのとかすごく嫌で女の人のほうが男っぽいとか男のほうがロマンチックだとか、そういうのって誰かが決めたものじゃないですか。ビジュアルとしての女性の体が好きだから、っていうふうに変えてきました。

相:女性という外見の美しさだけでよいということですかね。

七:中身はどうでもいいというとあれですが、そこに男性とか女性とか持ち込みたくない。

相:とりあえず、中身は排除するんですね。

七:あははは。まぁそうですね。だから女の子が好きです、ではなくて女体が好きですっていってます。

相:ところで鍛えてるってどういう風に鍛えてるんですか?

七:トレーニングをしてます。スタジオいったり、家でしたりとか。トレーナーさんについてもらってとか。

相:自分がモデルになって、他の女の子ではなく、今度はきれいな自分が好きだっていう風に変わりました?

七:自分のことをきれいとは思ってないので。ものになったら別のもの。写真になったら別のものじゃないですか。

ヌードはセクシーじゃなくて自然なもの

相:ヌードで表現したいことってありますか?

七:自分にとってヌードは好きな着衣って、そういう感覚で見てもいいんじゃないかなって。世の中にありふれてるヌードってほとんどエロじゃないですか。 もちろん本能的な意味でヌード=エロでもいいと思うんですよ。でもなんか別にそれだけではないという。それも含んでいると思うけど例えば景色を見てきれいだと思うのと同じに自然のものとしてきれいなものだと思ってもいいと思いうんです。 裸になってるから卑猥というのはちょっと違うんじゃないかなと。自然のものって他のなにも勝てないと思うんですよ。災害も。裸もその一つだなと思ってるので。もうちょっと受け入れられてもいいんじゃないかなと思います。

相:ヌードでエロチックなものというより自然美的なものを求めてるんですね。

七:そうですね。私的にはセクシーなポーズっていうより自然に立ってるだけのものが好きなんですよね

仲:作為的なものじゃなくて…

七:じゃなくて自然に立った姿、流れるような背中とか。筋肉見せる感じも好きだけど。

相:かなりナチュラルなものを重視するんですね。

七:そのナチュラルなものも作られたナチュラルだと思ってるから。過剰に体をアピールするよりはふつうに…

相:素材を生かす。

七:はい、うふふふ。そういうのが好きですかね、自分的には。元々エロが何かわからなかったんで。今でもわからないんで。だから普段会う人にはエロくないっていわれるんだけど、ネットなんかではエロいっていわれたり、その差が不思議だし、なんかそのエロいって何なのかなってのが分からない。脱いでればエロってなるのって違うんじゃないのかなって。

仲:脱いでなくてもエロい物はありますよね。

七:そうですよね。アダルトなことをやってる人が裸になるっていう今の日本の流れがどうなのかなっていう。そこ境目じゃない気がするんですよね。

相:自分がヌードになった時にエロティックとかそういったことはほとんど気にしていないわけですね。

七:そうなんですよね。意識してなくって。見た人がそうとらえたり意識するのは分かりますが、自分の中ではあんましエロっていうのはないですね。

過去の自分、今の自分…「生まれなくてもよかったかな」

相:今までの人生の中で自分が好きだったこととか、そういったものへの思いとかってあります?

七:なんだろうなぁ。子供のころはすごい扱いずらいって言われてたんですよ、親に。でも、親は選べないし…とはいっても親、大好きなんですけど。私、自分が生まてきたくて生まれたんじゃないって親に言ってて…。だから子孫を残す気もないし、結婚願望もないし、子供を産む気もないんですけど…その生まれたくて生まれてきたわけじゃないからいつ消えてなくなってもいいって感覚でいて、だから親も別に好きなことしてるんなら別にいいみたいな感覚でいて…

相:なんか写真集の序文にも書いてましたよね。いつ消えてもいいって。

七:よく言ってますけど、別に死のうなんて思わないんですよ。迷惑もかけちゃうし。ちゃんと生きるんですけど、別に明日消えてなくなってもいいと思ってるし、存在自体が消えてなくなるのはいつでもウエルカムなんですけど、そんなことは世の中ないので、一応、親には「親が生きてるうちは頑張って生きるから死んだら迎えに来てね…早めに」って。

相:一般的に言うと悲観的な考えに思えるんだけど…そもそも悲観的とは思ってないわけ?

七:そうですね、悲観的ではないしむしろ前向き?

相:前向き!

七:えへへへへ。だって悔いが残らないようにとかそういうのないっていうか別に全然悔いないし。なんていえばいいんだろう…

相:生まれなくてもよかったって、むしろ生まれない方がよかったってこと?

七:生まれなければ生まれないで…というか生まれる前のことが分からないんで…。よく生まれ変わったら何になりたい?とかって言いますけど、別に生まれ変わらなくていいやって感じ。生まれ変わらなくていい、かな。

相:生まれなくてよかったっていうとやはりネガティブな感じがするんだけど、なんかそういうつらい経験とかがあったりしたんですかね?

七:みんなそういうつらい経験はあると思うんですよね。そのなんだろうなぁ、生きていることしか記憶がないんで…う〜んなんていうんだろう…

相:現実に生きてきて現実にあまり魅力を感じれなかったというか…

七:そうですね。あんまり言うと暗い話になっちゃう…あ、暗くもないか。でもそういうのありますね、でもそこまでなんか、なんというのか幸せの意味が分かんないし…

相:現実っていうのがなんでこんなつらいんだろうって思ったことは?

七:ずっと思ってたし、なんだろうなぁ、小学校の時は中学校になれば楽しいと思ってたらそんなこともなくて、中学校の時は高校生になれば楽しいんだろうって思ってたらそんなこともなくて…ずっとそんな感じだったから、むしろ大人になってからのほうが楽しくやれてるかな。子供の時は我慢するしか選択肢がないからあれだけど、大人は嫌だったら仕事辞められるので。子供は学校嫌でも行かなきゃいけないとかありますからね。

相:なんでこんなに現実がつらいし、つまんないんだろうってずっと思ってたって事なのかな?

七:本当にそうかも。あることだと思います。

相:その時ほかにもっといい世界があるんじゃないかなとか、死んだらそっち行けるとかは思わなかった?

七:それは思わなかったです。そこに死は求めてないし、どうやったっていつかは死ぬんだし。

相:その現実じゃなくてもうちょっと楽しい現実に行きたいなっていう欲望もあんまり生まれなかったの?

七:学生のころはあったんですけど最近ないんですよね。欲望っていうかどうしたいとかあんまりないから。なにも特に期待もせずに一人生きてますね、現実的には。

相:えらい無気力ですねぇ…アートに興味を持ちだしたのは高校のころから?

七:アートとか分からないんですよね。全然わかんないっていうか。その言葉にはまりたくないっていうのがまた出ちゃう。

相:でも自分の好きなものってできてきたと思うんですけどね。

七:そうですね。自分の好きなものって中高生くらいから出てきたかなって思います。

相:それが何かつまらないものを楽しくさせる力にはならなかったの?

七:なってたと思います。それは。

相:ちょっとは?

七:なってたと思いますね。

相:でも今すぐ消えちゃってもいいっていうのを打ち消すほど楽しくはなかった?

七:まぁでもそのころは今すぐ消えちゃってもいいとは思ってなかったと思います。やりたいこともあったと思うし。大人になってからですね。そうなったのは。

相:美容のお仕事の方に行かれたそうですが、行こうと思ったのは何か理由があったんですか?

七:やっぱり生きていくためには何かの職業にはつかないといけないというか。その時は田舎の人間だったので、色々な仕事があるって知らなくて、そういう中でみつけたのが美容師で、おしゃれさせてあげたりとかも好きだったので、なんか、仕事としてそれがいいのかなっていうのはありましたね。

相:田舎、田舎っていうけど、どのくらい田舎なんですか?

七:凄い田舎ですよ。だって、普通にどこか歩いてたら「昨日歩いてたよね」とか言われちゃうし、火事があったら次の日は「どこどこでいつ火事があった」とかみんな知ってるんです。

相:村社会?

七:そうなんです。どこ行ったどこの子とか言われちゃう。どこの子だ、あぁここの子かって。

相:高校までそちらだったんですか?

七:高校は通ってました。田舎なので高校がないので。

相:東京に出るっていうのは特に理由はなく、とりあえず美容関係の仕事に就きたかったから?

七:美容の学校が東京だったから。ただ田舎にいたくなかったんです。田舎にいたらただの変態と思われて終わってたと思います。社会適応能力のなさすぎる孤立した人間になってたと思います。

相:今はどうなんですか。田舎とか故郷に帰りたいとか思わないの?

七:全然ないです!見るものとか景色とか、ゆったりとした時間は好きだけれども人と話せないっていうか。東京は本当にいろんな人がいてお喋りできる人がいて幸せです。田舎では言ってることが通じないので、親とかからは「理解はできないけど応援はする」って言われてるんです。自分が思ったことを口に出しても理解されなかったから、こっちにきて「あ、そうだね」とか「こういうこと?」とか言われることがすごくありがたいかなぁと思いますね。

これからの自分…モデルから自撮の写真家へ

相:モデルになったのは先ほど話してたように女性の形が好きで、自分も表現する側に回るということはあったと思うんだけど、モデルの仕事でこれからやってきたいこととかってあります?

七:モデルでですか?特に…ないかな。分かんないです。自分でやってみたいこととかって…あんまないですね。

相:じゃあ、モデル以外でこういうことやってみたいってあります?

七:スカイダイビングをやりたいです。

相:え、なんで?

七:空に飛び込みたいです。やったことないし、どんな感覚なのか想像できないから凄いやってみたいな…と思います。

相:スカイダイビングってパラシュートで降りるやつ?

七:はい。やってみたいですね。

相:僕もこの間、関西のほうへ行って新幹線から見えたんです。あれ、すごいですよね。

七:やってみたことがないことをやってみたいんですよ。

相:なるほど。モデルの仕事では特にないと。

七:次に向かっていきたいとは思うんだけど、それが何かは分からないんです。写真にだけこだわってるわけではないので、なんかあればいいし、ないならないでいいし…だから動画やったりとかして、あとなんかやっぱりその、自分で自分を撮ったりもしてるから…。 写真家の方は撮ったらそれはその人の作品になってしまうじゃないですか。でもモデルの方は写真家がいないと成り立たないじゃないですか。そういう意味で、自分で自分を撮るって、褒められても素直に喜べるし…だって自分で撮ってるから。ほかの人に撮ってもらった写真を褒められても、だけどそれは自分じゃないし、みたいな…

仲:作家さんのものだし。

七:作家さんのものだし、かといって自分はそこには存在してないし…とかそこの処が自分で消化できないところがあって…でも自分で自分を撮るのは褒められれば素直に喜べるし、女体好きだし。それに他人を使うのってすごく大変なことだし、人には心があるから凄い大変じゃないですか。でも自分で自分を撮るっていうのはすごい楽じゃないですか。自分を道具として使えるけど、他人を道具として使うのってすごい大変じゃないですか。

相:限界がありますものね。

七:だから自分の身体を使えるうちに使いたいなというところがあって、自画撮りやってるんですけど。

相:僕の知ってる自撮りやってる女性に近いような気がしますね。そういうことってみんな思うんでしょうね。ただ、七菜乃さんの場合は女体が奇麗だ、女体の形が好きだっていうのはものすごい確固たるものとして強いですからね。だから余計そうなのかもしれないですね。好きなものなんだけど、写真家=他人に撮られるってどうしても、どんな上手い方に撮られても欲求不満は出てくるのかもしれませんね。だから自分で撮ってという欲望が強くなるんでしょうね。

七:自分で撮る自分って自分じゃないと思ってるんですよ。だからそれが自分だねっていわれても「いやぁ…」って思っちゃうっていうか…よくわかんないな。

相:自撮りっていうのは今面白い?

七:面白いかな…とは思ってます。思ってますけど面白いかな…ってだけでそこからどうなのかな…は分かんないです。自画撮りをやってみてわかるのは本当、モデルってえらいなってことと逆に楽だなぁって思うこともあります。いろんな面が見れるというか。また、写真家としてはもう少しあれやりたい、これやりたいって。でもモデルとしては例えば寒い時の撮影は、無理!みたいな。両方自分ていう。 モデルは本当大変だし、えらいなって思うけど、でもモデルはただここにいるだけでいいっていうか、あんまり考えないでいい部分は楽だなぁっていうか…違う方向からやるとまたいろんなことが見えてきて面白いなって。

仲:写真家としてモデルを使うって考えたりします?

七:それはやりたいとは思うけど、別に発表したいとかはないから。モデルを使うのってその人を使うということはそのひとが世の中にでるということじゃないですか。その重みってすごいなと思うんですよ。

仲:ビジネス的なことは避けられないってことかな?

七:人の目に触れるじゃないですか。私が興味ある、撮りたいのって、人物ということだと、人前に出てない人に興味があるんですよ。撮られ慣れてない、撮られてない人を撮ってみたいんですね。でも、普通にモデル活動をしてる人ならいいのかもしれないけど、そうじゃなかったらすごいいろんなこと考えなければならないし…

相:ふつう撮られない人って例えばどんな人?

七:ふつう、みんな撮られないじゃないですか。

相:ああ、一般の人ってことね。

七:そうです。撮られることを望んでない人。

相:それも自撮りだと解消できるしね。自撮りってもしかしたらこれからあなたにとってはおもしろいかもしれないね。

七:今まで1年以上撮りためたものはあるし、今も常に撮ってるんです。

相:なんかちょっとやってみようかなっていうけど、かなりしっかりやってるんじゃないですか。

七:なんか自分で自由にできるっていうか…いいなって思って。

相:いやぁ、今日はいろんな話聞けて、無気力だけど、やる気満々じゃないですか、自撮りは。

七:いろんな作家さんの作品見てきて、自分のやりたい事とは全部違うっていうか…。だから自分が何かやって、その人っぽいってならない自身はあるんですよ。 自分が好きな表現という、それは自分にしかないから。今まで撮られてた誰かの影響っていうのはあんまりない。自分で撮っててそう思う。例えば村田さんのお家で撮っても村田さんの絵には絶対ならないなって思うんです。そもそも求めてるものが違うから…って私は思います。 写真に限らず、いろんなこと、面白そうなことはやってみたいな…とは思ってるんですよ。

  • 相馬俊樹(美術評論家)
    新刊予定『アール・エゾテリック』(芸術新聞社 近刊)

  • 七菜乃(特殊モデル)
    DVD『七菜乃CLIPS 』
    DVD『インソムニア ボンデージ 不眠の緊縛密議』発売中
         (ヴァンアソシエイツ)
    書籍『ナワナノ 七菜乃緊縛写真集』発売中(三和出版)
  • アンソリット・トーク 目次

闇のアルチザン(インタビュー集)

魔淫の蒐集匣(評論集)

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